高野山大学が、攻めてやがる


高野山大学 公式Instagram「曼荼羅具楽夢」

 

功徳=シェアだってwww

 

真言密教はいつだって「攻め」の宗派だと管理人は思っているが、

 

管理人は特定の宗教に大して信心は持ってなく、盆には寺、正月とお願いごとありな時には神社と使い分ける図太い日本人です。親の実家が南紀白浜だから…

一応「アナタの信仰は何デスカァ?」聞かれたら(外人さんって宗教に属してて当然と思ってる人多いからね)

「アイム、ブッディスト(あたしゃ仏教徒だよ)」答えるのが常である。

親の実家が和歌山だから真言宗本山派だよ。とかややこしい事は言わんのである。

ひとえにブッディストつっても、日本でも色々宗派あんだよ~(。-∀-)一番古い奈良の宗派とか(法相宗はじめとする南都六宗)、

火を焚く、滝に打たれる、インドの言葉唱える密教とか

(「そもそも同じやおへんか」と最澄に言われて「ふざけんな💢あんた書物読んでるだけやろ」と空海ぶちギレて喧嘩別れになる)、

ソモサンセッパ!言うて大喜利始める禅宗とか。

携帯太鼓叩いて志村けんさんのネタやってる日蓮宗とか。まあいろいろです。

開祖は立川でいえっさとシェアリングしてる耳の長いあの人ひとりなのにね。

聖☆おにいさん」参照。

 

 日本での開祖空海のざっくり解説。

本名佐伯真魚(さえきのまお)

香川県善通寺市出身。かなり裕福な豪族の四男坊。

官僚養成校、大学寮(今で言う東大文Ⅰか?)に入るため15で当時の都、平城京へ。

叔父の阿刀大足は皇族の家庭教師やってた東大大学院教授レベルのインテリ。

 

大足「長岡に都、移るってよ」

真魚「がちょーん…」

長岡京に引っ越し。18で大学寮に合格。おめでとう胴上げは当然無く、低い身分の地方豪族からの入学だから成績優秀プラス叔父のコネもあったかと。

その年の夏、長岡京洪水で崩壊。

「インフラ整備も出来てない無能な政府に仕える気、無くした…」と思ったかどーかは知らないが、出奔する。

 

お隣の大和国(奈良県)の僧侶、勤操のところにいついてしまう。

 

勤操 

「あんたの出家への決意、行動で示さんかい

(  ̄▽ ̄)」

 

それから山岳修行と托鉢でストリートミュージシャン生活。

この俗世からの、卒業♪と日本初の小説「三教指帰」を印税システムもない時代に執筆。

内容は「儒教道教より、仏教が優れてんだよ」と装飾過剰な文体でディスりながらも最後には「ま、それぞれの教えには美点もあるから」と立てている。

敵を作るのは損。と24才で多少大人にはなる。

 

どこで聞き付けたか知らんが、20年ぶりの遣唐使派遣を聞きつけ、出航の前年ギリギリ受戒。正式な出家であり、ようやく国家公務員に。

 

大陸に渡航。三ヶ月かけて都、長安に。大陸の仏教のモードは密教だったのでまずはサンスクリット語を学びにインド僧、般若三蔵のもとへ通う。

 

般若にめっちゃ気に入られ、なんのツテがあったか当時の国際大学青龍寺に短期留学の流れに。

下宿先の僧侶、談勝と志明に「お前なら出来るって、ガンバ!」となだめすかされ青龍寺に連れられ学長恵果、一目見るなり「チミ、わしの後継者ね」と指名する。

 

三ヶ月の道場籠りで秘法を習得。さらに密教理論、仏像あんど密教寺院の図面の書写、持ち帰る教典の書写で学友、橘逸勢まで駆り出してこき使う。

 

青龍寺入りから半年後、恵果死去。

間もなく長安を出で越州で理系の猛勉強。ここでの建築の勉強が帰国後のインフラ整備につながる。

迎えの船が来たので明州から出航して帰国。

 

と、ここまで小説「嵯峨野の月」にアップしてきました。

 

次登場する時は「咎人空海」、

箔付けて帰ってきたで~とドヤ顔で帰国した早々、ちゃら~ん(|| ゜Д゜)な展開に。

 

逸勢

「じゃ、先に都で待ってるからな(。-∀-)」

 

空海

聖☆おにいさんでも一コマしか出てへんし凹」